松本人志の放送室が大好きでした

松本人志の放送室が始まったのは2001年の9月でした。松本さんと、尼崎時代の幼馴染で放送作家の高須さんのラジオ番組です。

 

放送が開始されたことをだれにもいわないでおこう、みんなが聞くようになったら放送を終わりにしようというのをコンセプトに始まりました。

 

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わたしは1980年代、ダウンタウンが大阪にいたころからの松本さんの大ファンで、久しぶりにラジオに戻ってくるということで、すごくうれしかったのを覚えています。

 

はっきり覚えているのは第4回目くらいの放送の時にあの9.11が発生し、ラジオの冒頭でそのことに触れていました。

 

それから確か2009年ころまで全380回くらい続いていたと思います。

 

始まったころは、取りあえずあいうえおの「あ」から、「あ」にまつわる人物や言葉についてトークするというものでした。

 

例えば、「と」の回だと、高須さんが松本さんに、「とんねるずのことどう思ってんの?」とか、「し」の回だと「島田紳助さんって、本当のところどんな人なん?」

 

とか、わたしたちリスナーが聞きたいと思うようなことをよく聞いてくれていました。

 

その後、そのような回のテーマはなくなりましたが、ガキの使いの裏話とか、今のお笑いについてとか、結婚についてなどいろんな話で笑わせてもらいました。

 

毎回、1曲だけ音楽がかかるのですが、松本さんと高須さんが好きな昭和の歌が毎回聞けました。

 

当時、深夜に放送していましたので、録音しておいてそれを日中に聞いていました。

 

今でもすべての回のデータが残っていてこれまでにすべての回を5回くらいは聞いたのではないかと思います。

 

最近、松本さんがテレビでラジオとガキの使いのトークをやめた理由を語っていました。

 

また、ぜひ再開してほしいものです。

 

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